鹿島建設の元社長、鹿島昭一 死去

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鹿島建設の元社長、鹿島昭一 死去

スタッフブログ

2020/11/19 鹿島建設の元社長、鹿島昭一 死去

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿島の元社長で取締役相談役の

鹿島昭一(かじま・しょういち)氏が

4日、心不全のため東京都内の病院で

死去しました。90歳だったそうです。

 

東京都出身。

葬儀は近親者で済ませました。

 

昭一氏は、創業家一族で中興の祖である

鹿島守之助氏の長男として1930年に

生まれました。

 

53年に東京大学工学部建築学科を

卒業後、父が社長を務める鹿島に入り

取締役になりました。

 

54年からハーバード大学大学院建築科に

3年留学(建築学修士)した後、

建築・設計分野の担当に就きました。

 

59年代表取締役副社長、

78年に同副会長を経て84年社長就任。

90年に再び同副会長となり、

94年から取締役相談役を務めていました。

 

経営者であり建築家でもあった昭一氏は、

数々の建築賞を受賞しました。

 

63年にリッカー会館

(東京・銀座、現Daiwa銀座ビル)の

設計で日本建築学会賞作品賞、

90年に日本建築学会文化賞などを受賞。

文化的な事業や海外事業にも

熱心に取り組み、

カジマインターナショナル各社社長や

鹿島美術財団理事長、

鹿島学術振興財団理事長、

国立西洋美術館評議員、

王立英国建築家協会名誉会員

なども務めていたそうです。

昭一氏が本紙に最後に登場したのは

2006年3月9日付の「建築へ」。

 

副社長時代に設計したリッカー会館

(1963年竣工)を大規模改修し、

BELCA賞ロングライフ部門を受賞した

記事でした。

 

昭一氏は「40年も取り壊されずに

よく残ってくれた。そしてよく

よみがえってくれた」と

素直に喜んでいたそうです。

 

リッカー会館は昭一氏が

米国留学から戻り、

本格的に設計に取り組んだ最初の作品です。

 

ダブルスキンのファサードが特徴で、

建物外壁の外にバルコニーをとり、

そこにカーテンウオールを設置しました。

 

昭一氏は「当時、カーテンウオールは

米国では普及していたが、

日本は工業化されていなかった。

 

そこで可能な限り本格的な

カーテンウオールを追求した」。

 

いまや超高層建築の外装で

使われているカーテンウオールは

この建物から始まったとも言えます。

 

昭一氏は鹿島出版会の役員も務め、

海外の優れた建築物や建築書を

数多く紹介しました。

 

「日本の建築界に少しでも

プラスなればと思い、

建築やデザイン分野の出版に力を入れた」。

 

建築を文化として愛し、

先進的な技術に果敢に挑んできた昭一氏。

 

社員と共に手掛けてきた数多くの

建築はいつまでも息づいています。

 

 

本日もご覧いただき、

ありがとうございました。

 

 

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